※本稿は、AVA-net会報「AVA-net」148号(2011/5-6号)に寄稿したものです。誌面の都合で編集した部分などについて、若干修正を加えています。
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 3月11日、未曾有の大災害が日本を襲いました。動物実験施設について心配された方も多いと思いますが、結論から言うと、動物実験施設の被害の全容は、現時点(注:執筆したのは2011年4月中旬)ではほとんど闇の中です。

報道は海外が早かった

 地震直後には、つくばの産業技術総合研究所が被災し、動物に関わる職員を除き、立ち入り禁止となったという報道があった程度だと思います。比較的詳細を伝えた報道は、海外の科学雑誌「ネイチャー」でした。「日本の科学に激震」と題された記事にはこうあります(2011年3月24日号)。

「東北大学大学院生命科学研究科の田村宏治の研究室は、地震によりめちゃくちゃになった。本や顕微鏡、DNAシーケンサーやサンプルは床にたたき落とされた。幸いにも、田村が器官形成の研究に用いているヤモリ、アフリカツメガエル、ゼブラフィッシュは、地震には耐え、生き延びた。だが、今、ゆっくりと死に向かっている。断水により水槽の水がなくなる可能性があるからだ。『ここの動物たちが水なしでどのくらい生きられるかと思うと、不安です』と彼は言う。『けれども、多くの 被災者が生きるために水を必要としている今、研究のことなど考えていられないのです』。」

 さらに4月4日になって朝日新聞が、「震災、科学研究に痛手 つくばの施設損壊、停電追い打ち」という記事を載せましたが、そこにはこうあります。

「生命科学分野では実験生物の維持は研究者にとって死活問題だ。東北大薬学部の青木淳賢教授は、停電で水温の維持ができず、実験用の熱帯魚を東京の知人の研究室に託した。しかし、運べたのは3千匹ほどのうち約50匹。青木教授は『なんとか絶やさずにすんだが、研究は半年から1年は遅れる』と話す。」

実験動物の被害はグレー

 仙台にある東北大学は、地震後立ち入り禁止となった建物もあり、被害は甚大でした。被害総額は770億に及ぶという報道もありました。動物については、一部他大学へ移動があったほかは、実験が継続できないとの判断で安楽死も行われました。4月上旬には動物実験が再開したとのことですが、その直後に最大余震も起きました。

 そう考えると、ネイチャーも朝日新聞も、取り上げているのが魚だけというのは、奇妙です。国主導で整備してきたバイオリソースが被害を受けたという報道もありましたが、哺乳類については触れていません。

 しかし、インターネット上の個人の発信などを見るに、どこの大学かは不明ですが、マウスが死んでいたケースなどがあったのは間違いありません。ケージの転倒といった直接被害や、停電による空調や自動給水機の停止、人が被災したことによる放置などでの死亡です。

 また、つくばや栃木など、被災があまり報道されていない地域の研究所でも、停電、断水等により、動物の飼育が一時中断していたものと思われます。

 研究機関による相互支援の動きも報じられていますが、実験動物を保護する観点のものは目にしていません。

遺伝子組換え動物など

 建物の倒壊等で最も懸念されることの一つは遺伝子組換え動物の逸走ですが、これについては、文部科学省が3月14日、事故の状況の届出等を求める文書を出しました。結果の公表が待たれます。

 毒劇物などの薬品の流出についても、厚生労働省が3月30日に通知を出しましたが、実験動物は、いつもと変わらず、隠された存在のままです。バイオ施設の被災はあまり注目されませんが、本来ならもっと厳しい国民の目が向けられてよいもののはずです。

民間企業は不誠実?

 製薬会社については、震災1週間後に製薬協加盟社67社の全サイトをチェックしたところ、被害の有無に関わらず、多くの企業が震災の影響に関するプレスリースを公表していました。しかし、ほとんどが医薬品の製造、流通の拠点についての報告で、研究拠点の状況について触れていたのは、3社だけでした。(アステラス製薬:研究業務停止など、武田薬品工業:停電など、ミノファーゲン製薬:被害なし。但し、3社とも実験動物について触れていたわけではありません。)

 また、製薬会社ではありませんが、機器類が被害を受けたある企業の研究所では、実験動物が全て殺処分され、研究者は自宅待機となっていると聞きましたが、問い合わせても「一切影響は受けておりません」とのこと。自家発電機もないそうですが、それでも「研究は継続しています」との回答です。計画停電で空調が止まると、室温の管理ができず、試験期間中の条件を一定に保つ必要のある安全性試験等の動物実験はできないはずですが、「どの研究所で動物実験をしているかも言えない」レベルですので、一般人が情報を知るのはとても難しいと実感しました。

 大学や関係学協会等も、実験動物の受けた被害についてホームページに情報を公開しているところはまだないようです。しかし、阪神大震災では、被災状況をとりまとめて論文等にし、その後に生かすことをした大学や企業があります。体験の共有と情報公開は必須です。

 小さな食品会社等でも動物実験施設を持っていることがあり、津波で流された施設も皆無ではないかもしれません。けれども、動物実験施設は動物取扱業から適用除外となっているため、調査をすることもできないのが現実です。それでも行政は、動物の逸走がなかったか、動物福祉上適切な措置がとられたのか等、将来的には調査をすべきだと思います。

 
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