第27回日本学術会議トキシコロジー研究連絡委員会シンポジウム
「トキシコロジーの国際潮流 Animal Welfare Issue」に参加して
~動物愛護法改正について考える~

(AVA-net会報 2005/1-2 110号掲載)
※現在、AVA-netは存在しません。吸収合併した団体についても活動を支持しておりません。

 
日時:2004年11月25日
場所:日本学術会議講堂
主催:日本学術会議トキシコロジー研究連絡委員会
 

トキシコロジー(毒性学)の分野の動物実験における「動物の福祉」をテーマにしたシンポジウムが開催されたので、参加してきました。

まずはじめに、黒澤努氏(大阪大学医学部)から背景説明として、来年の動物愛護法改正や、日本学術会議の動物実験に関する提言(「動物実験に対する社会的理解を促進するために」2004年7月)などの話題が挙げられ、専門家と専門家の間の対話、および専門家と市民との間の対話を行うためのシンポジウムという位置づけが語られました。しかし内容としては関係者向けに動物福祉の話題が語られる傾向が強く、市民との対話を実現させるためには平日昼間の開催を避けるべきだったといえるでしょう。そこで今回のレポートでは専門的な内容は割愛し、あえて動物愛護法とからんだ部分に話題を絞り、改正についてのポイントなどをまとめてみました。

発表内容

「動物実験と科学-序にかえて-」
井上達(国立医薬品食品衛生研究所)

クロード・ベルナールの動物実験からはじまり、エームズ試験が動物の使用を削減した例などをあげ、動物の利用を避けていくことの将来像までを語る。

「製薬企業と動物福祉」
池田卓也(グラクソ・スミスクライン)

製薬会社の動物実験について、海外でのエンリッチメントの例などをあげ、動物福祉が業界内でも重要課題であることを説明。

「日米EUの医薬品規制調和国際会議(ICH)と動物福祉」
松澤利明(マリオ研究所)

医薬品承認申請のデータを国家間で調和させていくことで、重複実験を避けられる。各毒性試験について動物福祉の面から解説、日本の課題について考える。

「OECD試験法ガイドライン計画における動物福祉の心と実績」
小野宏((財)食品薬品安全センター)

化学物質の輸出入に関連し、OECDにおいて安全性試験のガイドラインが策定されている。動物数の削減、代替法への置換などの経緯を、各試験ごとに説明。

「ISO TC194医療機器の生物学的評価と動物福祉」
土屋利江(国立医薬品食品衛生研究所)

人工関節などの医療機器にも人体との接触度等に応じて安全性試験が求められている。代替試験の精度についてなど、専門的な解説。

「AAALAC Internationalとわが国における動物実験」
宮嶌宏彰(新日本科学)

アメリカの動物実験施設の認証制度や実験計画等について、米国支社の施設がAAALACの認証を受けている企業の立場から解説。日米の動物実験規制の現状の比較など。

■代替法が動物実験をなくす?

この日、「代替法を進めれば500年後には動物実験はなくなる」と主張する発言がありました(井上氏)。たしかに動物実験代替法は、動物の生体の利用を削減する面はあるし、必要なものです。しかし500年後とはずいぶん先ですし、市民はこの発言のとおり、代替法だけを動物実験削減への道と信じていて大丈夫なのでしょうか? これは、「だからそれまで市民は何にもしないで待っていればいいのですよ」と、動物実験に懐疑的な人々を研究者たちの都合のよい方向(とくに法的な規制を避ける方向)へ抱きこむ論法として、戦略的に発言されたような印象を受けます。現実には研究者が代替法開発は不可能だとする実験も多くあり、また「そもそも必要のない動物実験」という観点も含め、市民は「代替法」という考え方が動物実験への規制を回避するために利用される場合があることにもしっかりと目を向ける必要があると考えます。

■アメリカ式自主規制?

動物実験に関して、日本の研究者たちはほんとうに法規制を望んでいるのでしょうか? たしかに欧米と法的環境がかけ離れているため、不具合があるとする話が出てくることもあります。しかし、現在研究者の側からは、「日本もアメリカ式の自主規制で」という主張がしきりに各方面でなされており、実際には現行法をあまり大きくは変えたくないと思っていることがうかがえます。

この「アメリカ式」という表現ですが、今回の新日本科学・宮嶌氏の講演の中で明確に日本の自主規制と対比されていたように、米国にも法律による(氏によれば「強力な」)規制は存在します。例えば、施設は登録制であり、USDA(米国農務省)による抜き打ちの査察を受けます。もし日本の研究者が「アメリカ式」を主張するのであれば、同等レベルの法律は受け入れてもらわなければならないのではないでしょうか。

■飼育環境について

今回、海外でのウサギの群れ飼育の事例や、マウスなどのエンリッチメントについて報告があったため、製薬会社関係者より、「海外では金網の床のケージは使われなくなって来ているのか?」という質問が出ました。それに対し、パネラーより「フラットタイプの床が主流である」という回答があり、やはり飼育環境の面で、日本の立ち遅れを感じました。

実験に使用する動物の苦痛に関しては、現在でも動物愛護法24条に「できる限りその動物に苦痛を与えない方法によつてしなければならない」と定めがあります。しかし現在の日本では、この条項の実現を外部から監視し、改善させる手段を誰も持っておらず、条文は実態のない理念に留まっていると言えるでしょう。

研究者サイドには、施設に関する第三者認証機関の設立を望む傾向があるようですが、そういったものとは別個に、問題のあるケースに対処できる自治体の立ち入り調査などは必須だと考えます。

■実験計画に関して

また実験計画書の内容に関しても、アメリカの研究者は2種類の計画書を書かねばならず、I
IACUC(動物実験委員会)が評価を行うPEFと呼ばれる書式に関しては、下記の記載を求められるという話がありました。(宮嶌氏)

・予備試験を行っていればその要約
・実験動物の取扱い手順
・被検物質の情報
・3Rへの対応
・エンリッチメントへの配慮
・実験従事者の安全性の配慮
・教育訓練について
・平易な言葉で書かれていること

Ava-netがおこなっている、日本の動物実験計画書の情報公開活動の結果では、現在少なくとも多くの大学において、これらすべての項目に関して記載が求められていない状況があるといえます。日本の「自主規制」に、はたして実体があるのかどうか、大変疑問に感じました。

現在日本では、まだまだ動物福祉の意識にもとづいた実験計画が立てられているとは言いがたく、今後動物実験委員会が実質的に機能し、使用数を削減すべきケースにおいてきちんと実際に指導が行われるようになれば、実験に使われる動物の数を減らすことは可能ではないかと考えます。

そのためには、まずバックグラウンドとして動物愛護法にきちんと3Rの理念が盛り込まれる必要があるでしょう。現在の第24条にある「苦痛の削減」に加え、さらに「使用数の削減」と「代替手段の検討」の条項を求めていく活動が必要だと考えます。

■情報公開について

会場から、動物愛護法改正において市民が求めている項目から5つを取り上げ(倫理委員会の設置、施設の届出制もしくは登録制、施設への行政の立ち入り調査、記録の保持・報告、および3Rの明記)、研究者はこれらについてどう考えるかという質問がありました。それに対して神戸大学・塩見氏が、兵庫県で施設の届出制が実現していることを挙げ、ほぼ受け入れられるが、一点「報告の義務」に関しては「内容による」と答えました。製薬企業からも、企業秘密との兼ね合いで同じような意見が出され、情報公開面での研究者側の懸念が深いことをうかがわせます。

しかし考えてみれば、そもそも今の法律では、自主規制がどのように実行されているのか、研究者自身が証明してみせることもできない仕組みになっているとも言え、実験に関係する記録の保持と情報公開は今後の動物実験の最大の課題だと考えます。

動物愛護法改正の動きの中で、研究者と市民の対話が重要なことはもちろんですが、情報の公開にもとづく議論が、今後より一層必要となってくるのではないかと考えます。