トピックス:研究における不正行為と巨額な研究開発費

少々古い内容ですが、下記の団体の会報に掲載したものです。
(AVA-net 117号 2006年3月)
※現在、この団体は存在しません。吸収合併した団体についても活動も支持しておりません。

先日、生データを保管していなかったとしてRNA研究の追試を迫られ、不正行為があったとされた東京大学の教授。国が研究費14億円の返還を要請すると報道があった直後、マスコミを集め、「私はやっていない」と主張した様子です。いずれにしても生データは存在せず、税金を負担する国民は研究者に愚弄されたわけですが……。科学に対する不信感の原因となっている、「不正行為」と「研究開発費」という2つの話題について、最近のトピックです。

科学をめぐる動き1
研究における不正行為を正すことはできるのか?

■次から次へ不正行為が

会報114号・115号でも、立て続けに起きている研究不祥事についてとりあげましたが、その後お隣の韓国で「黄禹錫(ファン・ウソク)・ショック」とも呼ぶべき大でっちあげ事件が起こり、ノルウェーでもデータねつ造論文が見つかるなど、研究における不正行為が全世界的な問題となってきています。

研究における不祥事には、研究費の横領といった「詐欺」的性質のものもありますが、ここのところ話題になっているのは、そもそもの科学的根拠をでっちあげる、データねつ造などのケースです。

■ねつ造・改ざん・盗用の3つがコア

「研究における不正行為」の中心をなしていて、もっとも問題視されているのは、「ねつ造・改ざん・盗用」の3つだと言われています。これらは、英語の頭文字をとりFFPと呼ばれることも。(Fabrication:ねつ造、 Falsification:改ざん、 Plagiarism:盗用)

ただし、科学者の態度として公正とはいえないものは、これらの他にもいろいろあり、たとえば共同研究先企業の利益に供するため、研究の客観性が損なわれているのではないかと疑われるケースや、株式取得に絡んで研究者個人が不正に利益を得ているケースなどの、「利益相反」問題等も含まれます。

■イギリスの科学者の行動規範

では、科学者の行動規範を考える際、どのくらいまでの範囲を「不正」と考えるのが妥当なのでしょうか。

イギリスの例を見ると、科学技術庁(OST)の科学技術審議会が定めた科学者の行動規範には、人間のみならず、動物と自然環境に対する悪影響も最小にするよう、明確に記述があります。

最近日本でも、不正事件に見舞われた産業総合研究所が、研究者の行動規範を作りましたが、やはり「動物にも」という視点はまったくありません。動物福祉に配慮しない研究や試験が、動物虐待として非難される国と、公正な論文として通ってしまう国の意識の違いでしょうか。

同様に、不正事件のあった理化学研究所も、対応方針を定めましたが、「ねつ造・改ざん・盗用」のみの対応です。「監査・コンプライアンス室」を作ったという報道もありましたが、考えてみれば、動物実験を規制する法律がまったくない日本では、動物実験についての法律違反も起き得ないわけですから、「コンプライアンス」の対象にもならないかもしれません!

経済開発協力機構(OECD)も7月ころまでに、科学者の行動規範をまとめる予定とのことですが、ぜひ日本に「外圧」がかかるようなものを作ってほしいと思います。

■日本学術会議と文部科学省

そのほか日本の動きとしては、日本学術会議が「科学者の行動規範に関する検討委員会」で検討をはじめ、また文部科学省も、この問題に対する特別委員会を設置するなどしています。

日本学術会議の議論は、科学が国民から信頼を得、外からの規制などがかからないよう、科学者自らが不正に対して態度を律するべきであるという観点が大きく、まさに「動物実験は自主規制で」という主張と同様の展開を見せています。

たしかに、科学上の不正かどうかを判断できるのもまた科学者でしかないのは事実なのですが、それであっても、せめて第三者機関を作るなどの動きがあるべきで、「科学エリートに対して社会からの口出しはさせたくない、そのためにはちゃんとやっているように見せておこう」という態度では非常に問題があると考えます。

ちなみに、文部科学省の特別委員会の動きは、まだ目立って公開されていませんが、委員会設置を報道する記事によれば、「悪意の風評による研究者への被害対策も検討すべき」という発言があったとか。

たしかに、医学部などで不正行為が表に出るのは、学長選があるなど、研究者間でなんらかの対立関係がある場合がほとんどだと言われています。不正は正されるべきですが、ライバルを蹴落とすために不正もねつ造するというのでは、科学も社会も混乱するばかり。伏魔殿を相手にするのは大変そうです。

■科学への疑い

不正を正すための動きはあるものの、はたして、動物実験についてよく耳にするように、科学者は「ちゃんとやっている」のでしょうか? これだけ不正事件が続くと、「まして動物福祉なんて、きっときちんと配慮されていないに違いない」と思わざるをえません。

またデータでっち上げで価値を失う論文にも、動物たちの犠牲が。日本にも、アメリカORI(Ava-net114号参照)のような、不正を調査する専門機関の設立が望まれます。

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【閑話休題】
医療事故も同じ構図!?

2月12日、「医療事故の調査、第三者も参加は4割 公正さ課題」という報道がありました(朝日新聞)。記事によれば、47都道府県と公的な病院グループ9団体にアンケートをとったところ、医療事故が起きたときの原因調査等について、第三者の参加に関するルールがあるところは4割に過ぎず、調査報告書の公表を定めている団体は1割強のみとのこと。

調査を行う第三者機関がないのも、動物実験や、研究における不正行為と同様ですが、人間の命に直接関わる問題でも外部の目が入ることを嫌がるのであれば、やはり「業界」の体質そのものを問わざるをえません。

科学をめぐる動き2
ライフサイエンスに使われるお金

■ 第3期科学技術基本計画

ライフサイエンスは現在、「科学技術基本法」のもと国が定める「科学技術基本計画」 の中で、特に重点を置くべき分野とされる、「重点推進4分野」のうちのひとつとされています。

「科学技術基本計画」は、平成17年度で第2期の5年間を終了するため、昨年12月小泉首相率いる総合科学技術会議が、第3期の計画策定の基本となるべき答申をおこないました。その中でも、第2期で決められた「重点推進4分野」が第3期にも引き継がれることとなりました。

現在、同会議のもとに設けられる基本政策専門調査会の下に、「ライフサイエンス分野推進戦略プロジェクトチーム」なるものがもたれ、次の5年間、ライフサイエンス分野のうち、さらにどの研究分野を「重要な研究開発課題」や「戦略重点科学技術」とするか、議論が行われています。これはつまり、どの分野に重点的に資金配分をするか、という研究者たちの相談事になります。

そこでの議論は公開されていますが、しかし実際には、その下に非公開の作業部会がつくられ、具体的な議論はそこでなされます。また結局のところ、いま各省庁がどういった研究開発を行っているかがベースとなる様子。国民の声は、いったいどすれば届くというのでしょうか。

■総合科学技術会議

ちなみに、総合科学技術会議は、科学技術推進政策をつかさどってはいますが、動物実験の規制についてはまったく関心のない(というよりむしろ否定的?)なところ。第3期の科学技術基本計画のもととなる「『科学技術に関する基本政策について』に対する答申」にも、生命倫理は言及されていますが、動物実験削減やその代替法などについては、(当たり前ですが)まったく触れられていません。

また重点的に資金投下した研究分野について、ほんとうに利益還元できたのか等、評価を行うことは重要ですが、総合科学技術会議の評価によると、対がん戦略は評価が高く、動物の利用を減らす可能性のあるトキシコゲノミクス(ゲノム科学を活用し、医薬品候補物質などについて、開発の早い段階で効率的に安全性を予測する技術)が最低ランクの評価となっており、たいへんがっかりです。

日本の科学研究は「官僚主導型」と言われ、「計画性も一貫性もない」など、様々な批判が叫ばれていますが、私たちとしては、「お金を出すところ」に意見を伝えていくことが非常に重要ではないかと感じます。

内閣府科学技術政策担当へのご意見送付フォーム:
http://www.iijnet.or.jp/cao/cstp/opinion-cstp.html

■文部科学省ライフサイエンス予算

それでは具体的にどれくらいライフサイエンスに予算が割かれているかというと、平成17年度の政府ライフサイエンス予算は4,512億円でした(競争的資金等を計上した金額)。そのうち、文部科学省予算が2,239億円を占め、のこりを他府省の予算で分割しています。

18年度概算要求額に関しては、科学技術関係の要求額全体が5.2%減じているにもかかわらず、ライフサイエンス予算は5,056億円と、対前年比で112%の金額になっています。

競争的資金等をのぞいた、文部科学省の平成18年度政府予算案の金額では、ライフサイエンスに744億円が割かれていますが、これは対前年度でマイナス11%。

なぜ大幅に減っているかというと、アメリカの国際宇宙ステーション計画の見直しを踏まえ、生命科学実験施設(「セントリフュージ」)の開発計画を中止したためだそうで、それ自体は動物たちにとって朗報ですが、それをのぞけば予算案自体は増額しているとのことです。

■企業まで含めると?

ところで、国の予算だけではなく、企業における研究開発費まで含めると、 いったいどれくらいの研究費がライフサイエンス分野に使われているのでしょうか? 総務省統計局から「平成17年科学技術研究調査」が公表されましたので、数字を拾ってみました。

ライフサイエンス研究費の推移
平成        研究費            対前年比        研究費総額に占める割合
10年度        1兆5,764億円        –        –
11年度        1兆6,936億円        7.4%        10.6%
12年度     1兆7,833億円        5.3%        10.9%
13年度     1兆9,743億円        10.7%        11.9%
14年度     2兆699億円        4.8%        12.4%
15年度     2兆771億円        0.3%        12.4%
16年度        2兆1,333億円        2.7%        12.3%
※資本金1億円以上の企業等、非営利団体・公的機関・大学等を対象とした調査。

ライフサイエンス分野のすべてが動物を用いる研究ではありませんが、逆に、その他の分野(環境、ナノテクノロジー、エネルギー、宇宙開発等)においても動物を用いる実験は行われているはずで、「動物実験にいくら使われたか」という統計は、一概にはとれないのが現状です。

しかし、ライフサイエンスにこれだけ巨額の資金が投下されていることを考えれば、どれだけ多くの人が動物実験で生活し、その方法を手ばなしたくないと考えているか、容易に想像はつきそうです。

 
 
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