情報公開活動:

産総研に情報開示請求~ニホンザルの子どもに「顔」を見せない実験

産総研(産業技術総合研究所:経済産業省の研究所です)のサイトに、下記の動物実験についてのプレスリリースが掲載されたとき、正直「こんな実験を今でもしていいの?」と驚きを禁じえませんでした。「生まれた直後から一切『顔』を見せずに育てたサルに、ヒトとサルの『顔写真』や顔以外の物体の写真を見せるなどの実験」とありました。

サルの赤ちゃんは見る以前から「顔」の印象を知っている

http://www.jst.go.jp/pr/info/info456/index.html

Face perception in monkeys reared with no exposure to faces
http://www.pnas.org/cgi/reprint/0706079105v1

産総研の日本語ページでは、子ザルの写真はきれいにトリミングされ、単なる可愛いニホンザルの子どもの写真のように見えます。ですが、論文掲載誌のサイトに載っている写真では、顔を隠した実験者が子ザルに授乳しているところが写されており、ギョッとするものになっています。

なぜ日本語プレスリリースでは、サルの写真はトリミングされたのでしょうか? 広く一般の人には見せたくない何かを隠したのではないでしょうか。これは、実験の非人間的な側面について自覚があるのではないかと感じ、実験に関わる書類一式の形で産総研に情報開示請求をしました。

この研究はCRESTという研究助成金を受け、国の研究機関で行われたものです。つまり税金によって行われており、だからこそ情報開示請求もできるわけですが、実験の記録の生データに関しては、研究者個人の私有財産になるとの回答であり、開示されませんでした。(一体そのような私物化が許されるのかという根本的な問題も感じます。)

結局、こちらからある程度書類を例示した上で書類を探してもらうことになったので、本当に実験に関連する書類全てが開示されたのかか疑問も感じつつですが、開示された書類をスキャンしてダウンロードできるようにし、感じた点などをまとめてみました。ダウンロードはこちらです。

■サルの購入について

アニマル研究センターからの書類(10匹分)

熊本のアニマル研究センターからの譲渡書・繁殖証明書がついているサルについて、一覧表を再構成してみました。

誕生日    納入日    名前    性別                            入墨  
H14.6.16  H14.6.19  ウェンディ  メス  生後3日で納入                   W
H14.6.13  H14.6.19  スズ     メス  生後6日で納入                   S’
H14.6.11  H14.6.14  クリストフ  オス  生後3日で納入                   C
H14.6.10  H14.6.14  華      メス  生後4日で納入                   ハナ
H14.6. 4  H14.6.10  しずか    メス  生後6日で納入                   シ
H14.6. 6  H14.6.10  サツキ    オス  生後4日で納入 H17.12.3に病死(風邪) 
H14.6. 6  H14.6.10  ヨーダ     オス  生後4日で納入 H17.11.12に病死(風邪)
H14.5.31  H14.6. 3  もも      メス  生後3日で納入 H17.4.29に病死(風邪)
H13.6.12  H13.6.12  茜       オス  生後0日で納入                   A
H13.6. 3  H13.6. 3  もんた     オス  生後0日で納入                   M

(注:サツキや茜がオスなのは、打ち間違いではなく、書類がそうなっています。論文でもオス5匹、メス5匹となっています。)

当初、産総研のプレスリリースを読んだとき、生後直後からの実験であったため、てっきり産総研で生まれたサルを使ったのかと想像していましたが、現実には熊本の業者から生後0日~6日のあいだで納入されたサルが使われていました。

(そういえば、ニホンザルの人工繁殖は条件が整わないと難しいと聞きます。アニマル研究センターでの繁殖も、すでに妊娠した野生ザルの捕獲個体からの出産の可能性もあるのではないかと思います。アニマル研究センターについては、「無許可で飼育のサル、実験用に公的機関に密売」(2000年12月24日朝日新聞)などの新聞記事を参照。)

それにしても、生後0日の動物を母親から引き離して熊本からつくばまで移動させているのは驚きました。(しかし一体、そんなことが可能なのでしょうか?)

また、同じ日に生まれて、同じ日に納入された2匹(サツキとヨーダ)が3年後に1ヵ月も経たない間にあいついで死亡しているのも悲しい記録です。

(株)埼玉実験動物供給所からの書類(11匹分)

(株)埼玉実験動物供給所からの契約決議書(物品)、見積書、調達請求書(物品)に掲載されているサルは、

オス、0歳           2匹 (納入期限 H14.5.27)
オス、0歳           2匹 (納入期限 H14.6.14)
ニホンザル、新生児、メス  2頭 (納入期限 H14.6.24)
ニホンザル、新生児、メス  2頭 (納入期限 H14.6.28) 
0歳、オス2頭、メス1頭   3頭 (納入期限 H14.7.9)

の計11匹で、1匹あたり37万円です。見積書の日付や契約の決議年月日より、請求書の日付の方が古い理由がよくわかりませんが、いつ納入されたのかも不明なため、納入期限で記載しました。納品書はありません。

(厚生労働科学研究費では、見積書、納品書、請求書、領収書の4点セットが必ず必要ですが、CRESTはなくてもOKなのでしょうか?)

この会社は、実際にはサルは飼育していないということを教えていただきました。伝票上はサルを仕入れている形だと思いますが、実際のサルは、仕入先から産総研へ直送されているわけです。

ならば、アニマル研究センターからの書類がついている10匹分の購入に関する書類か?とも思いますが、納入されただろう時期と雌雄・頭数がかなり食い違っているので、やはり別のサルなのでしょうか?(そうなると、アニマル研究センターからのサルに請求書などの書類がないのはおかしいですが…)

最終的な実験報告書では、サルは、

H15年7月~H16年6月 14匹 (「入手方法」として「旧生命研より移管」とあります。翌年へ継続)
H16年7月~H17年6月 オス8匹、メス15匹 (「入手方法」欄なし。翌年へ継続)
H17年7月1日~H18年6月30日 オス8匹、メス15匹 (「入手方法」欄なし。)

の、計23匹使われたことになっています。

H16年7月からH17年6月のあいだに9匹増えていますが、この9匹に該当しそうな納入関係の書類はまったくありませんでした。

承認の2年前に実験が始まっている?

3年分開示されてきた実験計画書のうち一番古いものの承認日は、2003(H15)年7月1日です。

サルの納入は、H13~H14に行われていますから、実験計画の承認の2年前から実験が始まっていたことになります。(実験は生後直後のサルに「顔」を見せないという内容なので、納入後すぐに実験が開始されていたはずです)

また、実験報告書には、サルの入手法として「旧生命研より移管」とありますが、旧生命研(生命工学工業技術研究所)は平成13年4月1日に産総研に統合されており、アニマル研究センターから導入されたサルの納入日は、それ以降なので、開示された書類以外のサルで、H13.4.1以前にすでに導入されていたサルがいるということなのではないかと思います。

おそらく、それらのサルと、アニマル研究センターからのサル10匹を合わせると14匹になるのではないかと思いますが、論文に、比較対照群はオス1匹・メス3匹の計4匹であり、これらのサルは野外のコロニーで母親に育てられたと書かれていますので、この4匹が「旧生命研より移管」されたサルであろうと思われます。

この実験を行うには、新たにサルを生ませるか購入しなければなりませんから、その導入分の入手法を明記するべきだと思いますが、なぜ実験報告書には、サルを購入したことが書かれていないのでしょうか。計画書の段階では、すでに実験が始まって2年も経っているのに、「旧生命研より移管」のサルのことだけが書かれ、購入したサルのことが書かれていないのは不自然です。

また、論文には14匹のことしか書かれていないので、H16年7月からH17年6月のあいだに増えた由来不明の9匹については、実験結果についての公表はまだされていないのではないかと思います。

ちなみに、実験計画書では

H15年7月~H16年6月 14頭の計画で、10頭は昨年度より継続飼育。
H16年7月~H17年6月 14頭の計画で、10頭は昨年度より継続飼育。
H17年7月~H18年6月 24頭(継続数:24頭 臨界期についての情報が不足する場合は、4~8頭増やす)

となっており、H16年7月~H17年6月の間に増えた9匹については、計画されていなかった追加であることがわかります。10匹が実験利用されている上に、9匹追加(計画書上では10匹追加)の計画ですから、かなり大きな実験変更だと思われますが、書類上は実験の変更の手続きがなされた形跡はありません。翌年の実験計画書の24頭(実際には報告書では23頭だった)は、事後承諾のようなものだと思います。

また、計画書では性別も書くことになっているのに書いていませんが、そういった情報が不足しているのに実験が承認されているのも問題だと思います。

「10頭は昨年度より継続飼育」となっているのも、14頭の間違いではないかと思いますが、対照群を抜いた数なのでしょうか? そもそも計画書に対照群のことが書かれていないので、よくわかりません。

承認の2年前に実験が始まっている理由は?

平成13年頃であれば、まだ実験計画書を委員会が審査する形というもの自体がなかった可能性もあると思います。

書類が古くて処分されていた可能性もあるかもしれませんが(もしそうだったら開示請求者にはそのように説明するべきですが)、最後の実験報告書(H17年7月1日~H18年6月30日の日付のもの)に、実験期間は「3年間」と書かれており、書類が3年分であることを考えると、おそらく書類は処分されたのではなく、そもそもなかったのではないかと思います。つまり、計画書の承認といったシステムがないころに実験はすでに 開始されていた可能性があると、書類からは感じられます。

だとしたら、論文に実験委員会で承認されたと書くのは、問題があるのではないでしょうか。(確かに途中から承認されてはいますが、やはり、実験開始前の承認にこそ意味があるのではないかと思います)

ただし、H17年の実験計画書・報告書に、3年間のうちの1年目との記載もあり、もしかしたらこの3年間というのは、新たにH17から始まる3年間をさしているのかもしれません。

しかし、H18、H19の計画書・報告書は存在しないようですから、実験は中断されたのでしょうか。そうであれば、中断に関する手続きは書類上必要ないのでしょうか。それとも「1年目」の記載が間違っているのでしょうか。

そういえば、よくよく思い出してみれば、H17までの計画書を開示するように指定してきたのは、産総研のほうです。そのやりとりは平成20年のことですから、それを見て当然私は、「実験はH17年度に終了し、やっと今論文が発表になったのだろう」と解釈したのですが、実は違ってH18、H19のものは開示したくなかっただけなのでしょうか。

よくわからないことがたくさんあります。

■実験報告書の疑問点

実験報告書にも疑問を感じます。まず、「実験動物に対する倫理上の問題の有無」欄が「なし」との回答ですが、こういった実験でまったく「なし」ということがありえるでしょうか。子ザルを母親から引き離して授乳する時点で、なんらかの問題はあるのではないかと思います。

また、「実験結果」欄に「得られた結果および、関連する学会・誌上発表等について記載してください」と括弧書きがされていますが、発表場所などに関する情報が全く書かれていません。実際には、PNAS誌に掲載されていますが、必要事項が書かれていないのに、どうして報告書が受領されるのでしょうか。論文が動物実験の情報開示に当たると考える研究者もいるくらいですから(私は論文だけでは動物福祉に関する情報開示はかなり不足だと思いますが)、投稿予定誌の情報程度は、報告をするべきではないでしょうか。

さらに、この年の報告書は、使われたサルの安楽死についての情報がまったくありません。殺処分されたのか継続飼育されたのかどうかわかりません。

そして前述もしましたが、3年分の実験計画書の最後のものに、3年計画の「1年目」と書かれています。この期間であれば、納入された子ザルたちも3歳を超えている計算になりますし、どう考えても3年目(実質は5年目?)だと思うのですが、もしH17年で新しい仕切りになり、1年目だというなら、どうして2年目、3年目の実験計画書は開示されなかったのでしょうか。実験は中断されたのでしょうか。中断されたのなら、それに伴う書類上の手続きは必要ないのでしょうか。

サルたちはどうなったのでしょうか。

■動物実験委員会について

動物実験委員会の議事録をみると、H17分はある程度話し合われた内容がわかるものとなっていますが、H15、H16はほとんど内容がわかりません。計画書の修正もあったようですが、ほぼ、承認された研究課題名のリストに過ぎない印象です。産総研で、これ以外にもサルの実験がかなり行われていることがわかります。

■実験動物に対しストレスを与える操作

実験計画書に「実験動物に対しストレスを与える操作、侵襲的な操作は以下の通りである」と書かれていた部分を抜粋しました。

H15分

  • 光学フィルターを取り付けたゴーグルの装着(1日6時間程度、残りの時間は暗室で生育させる)

H16分

  • 摂水制限(水を報酬とした訓練を行うため、ケージ内での摂水量を制限する)
  • モンキーチェアの使用(週6日以内、一日三時間以内)、ただし消毒のため週6日を越えて使用するときがある。その時は1日1時間程度。
  • 訓練(まず、サルをモンキーチェアに慣らす。次に、摂水量を制限し、水分を報酬としたオペラント学習を訓練する。報酬のみでは十分に水分が得られない場合は、訓練後に不足分を与えて、すくなくとも自由に飲水できるときの摂水量の80%を摂取できるようにする)(摂水量制限中の体重減少は、開始前の20%以内とする。)
  • 頭部外科手術(頭部固定用の金具の装着と、微小電極法による記録及び刺激用のチェンバーの装着、頭骨の一部除去。ケタラールによる導入麻酔後、ネンブタールによる全身麻酔下で無菌的に行う。術後には抗生剤を投与し、感染を防ぐ)
    手術後必要に応じ鎮痛剤を投与する。
  • 微小電極の刺入(サルをモンキーチェアに坐らせた状態で、覚醒時において、神経活動の記録を行う)
  • 麻酔下での微小電極の刺入(麻酔非動化した状態において、神経活動の記録を行う。実験では、必要に応じて麻酔剤(ネンブタール)をすみやかに投与できる準備をした上で、実験動物を笑気ガスで麻酔し筋弛緩剤で非動化する。脳波と心拍を常時モニターし、適切な麻酔深度(必要ならネンブタールの注入)を保つと同時に、直腸温をモニターし適切な体温を維持した。体重の増減を観察しながら(体重の減少は20%以内とする)、7ないし10日に1度の割で、6ないし8時間程度の実験を行う。)

H16分

  • 摂水制限(水を報酬とした訓練を行うため、ケージ内での摂水量を制限する)
    但し、成長期のサルを用いるため、少なくとも体重が減少しないことを週に1度確認する。体重が減少しそうなときは摂水制限をはずす。
  • モンキーチェアの使用(一日三時間以内)
  • 訓練(まず、サルがモンキーチェアに自発的に座るように訓練する。次に、摂水量を制限し、水分を報酬としたオペラント学習を訓練する。報酬のみでは十分に水分が得られない場合は、訓練後に不足分を与えて、すくなくとも自由に飲水できるときの摂水量の80%を摂取できるようにする)
  • 頭部外科手術:専用の手術室で減菌済み器具、減菌済み使い捨て消耗品を使用して、また術者は減菌ガウン、手術手袋、帽子、メガネをつけて無菌的に行う。(頭部固定用の金具の装着と、微小電極法による記録及び刺激用のチェンバーの装着、頭骨の一部除去。ケタラールによる導入麻酔後、ネンブタールによる全身麻酔下で無菌的に行う。術後には抗生剤を投与し、感染を防ぐ)
    手術後必要に応じ鎮痛剤を投与する。
  • 微小電極の刺入1(サルをモンキーチェアに坐らせた状態で、覚醒時において、神経活動の記録を行う)
  • 微小電極の刺入2(麻酔非動化した状態において、神経活動の記録を行う。実験では、実験動物をケタラールによる導入麻酔後、笑気ガスとイソフラレンで麻酔し筋弛緩剤で非動化する。脳波と心拍を常時モニターし、適切な麻酔深度(必要ならネンブタールの注入)を保つと 同時に、直腸温をモニターし適切な体温を維持する。体重の増減を観察しながら、7ないし10日に1度の割で、6ないし8 時間程度の実験を行う。)
  • fMRI計測(麻酔非動化した状態において、脳機能活動の記録を行う。実験では、必要に応じて、実験動物を笑気ガスと麻酔剤(ネンブタール)をすみやかに投与できる準備をした上で、実験動物を笑気ガスとイソフラレンで麻酔し、筋弛緩剤で非動化する。
    体重の増減を観察しながら、7ないし10日に1度の割合で、2時間程度の実験を行う。)但し、成長期のサルを用いるため、少なくとも体重が減少しないように配慮する。
    体重が減少しそうなときは、体重増加が確実になるまで実験を中断する。

H16年ではサルの体重減少が容認されていますが、H17では容認されていません。また、非動化時に、笑気ガスだけではなくイソフラレンが用いられるようになっています。少し動物福祉的な配慮は進んだようです。

計画書では、苦痛の軽減法に関する欄も、「モンキーチェアでの覚醒実験:サルが嫌がる、暴れる場合は無理に実験を進めず、実験を中止してケージにもどす」「電気生理実験や薬物注入実験において、サルが疲れた様子を示したときは翌日実験しないで実験の休日を設ける」などの記載が増えており、動物福祉的な記載が増えていました。

しかし、水を制限して訓練する方法については、そもそも動物福祉的には「できれば他の方法(例えば、褒美をあげる方法)に代える方がよい(イギリス"Water and Food Restriction for Scientific Purposes" 翻訳は秋田大学ホームページより)」のではないかと感じます。

論文には、「トレーニングと実験の合間には、毎日のセッションが終わったあと1時間、ケージ内で自由に水を飲むことができた」とありますので、かなり長い時間の摂水制限が行われたと思います。

■その他

計画書では、苦痛の段階評価については全くされていませんでしたが、動物実験委員会議事録によると、導入の予定はあるようです。

また、H17の議事録に、サルの使用は社会的に問題になりやすいという記述がありました。これには、サルは知覚が人間に近い分、それに見合った配慮が必要だという点と、ニホンザルに関して鳥獣保護法遵守上グレーな利用が続いてきたことの両方の意味があるのではないかと思います。

こういう流れからもし実験が中断されたのであれば歓迎ですが、書類上の不備等とあわせて不明な点が多いので、もしやきちんと書類を開示してくれていないのでは?という釈然としない気持ちも残ります。

もし、ダウンロードした書類から、何かお気づきの方がいましたら、お知らせください。よろしくおねがいします。

※現在、疑問点は産総研へ問い合わせ中です。

 
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